明けの明星が輝く

ヨハネの黙示録2章18~29節

澤田 武師

主題聖句 「同じように、わたしも父から権威を受けたのである。勝利を得る者に、わたしも明けの明星を与える。」 ヨハネの黙示録2章28節
 現存資料が乏しいため、今ではティアティラの町の様子、教会の姿を知ることは難しい事です。この町は、手紙が送られた7つの都市の中で、最も重要性が乏しいと言われていますが、手紙は7つの手紙の中で最も長文です。
 ティアティラには特産の毛織物、染色業などの職業別組合がありました。それは住民の暮らしのすべての面に影響を与え、組合員でなければ、商売をして生活することは困難でした。この世に生きる者と、神様に呼び出された者が同居する町で、ティアティラの教会は世と一線を画し、イエス様を主と仰ぐ信仰に生きようとしました。イエス様はその姿を、愛による奉仕、信仰による忍耐、成長しつつある教会、と温かい言葉で称賛しておられます。
 しかし、教会内部にもこの世との妥協、偶像礼拝を黙認する異端の働きが入り込みました。信仰の本質的な問題により教会は存続の危機にあります。その様子を、「あなたがたは大目に見ている」とイエス様は教会の罪を示されます。そして既に裁きを実行する準備ができていることを告げます。
 一方、使徒言行録にはティアティラ出身の“紫布を商うリディア”という女性が、パウロのフィリピ伝道の際に、神様の御心と確信して関わったことが記されています。神様は、信仰を固く保つ者一人一人に、真の信仰の光を現わされ、用いられます。
 「目は燃え盛る炎のようで、足はしんちゅうのように輝いている神の子が、」復活のイエス様のお姿です。罪に対する怒りをあらわにし、人の心を見抜き、まことの権威を授けようと言われます。わたしの業を終わりまで守り続ける者には、「明けの明星」を与えるとの約束をされました。
 内憂外患の闇は、いつの時代の教会にもあります。そして、いつの時代も復活のイエス様は「明けの明星」として、罪の暗闇に解放を告げます。私たちが迷い怯えて立ち止まる闇の中でも、イエス様の光は福音の知らせとして輝きます。たとえ闇の中に座していても、主イエス様こそは私たちの光です。
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