立ち上がり、歩きなさい

使徒言行録3章1~10節

澤田 武師

主題聖句 「民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。」 使徒言行録3章9節
 「民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。」男はペトロとヨハネにも金銀の宝を願いましたが、神様は男の最も必要な体の癒しの業を彼らに託されました。彼らは男を立ち上がらせます。
 人々はさっきまで毎日「美しい門」のそばに座って施しを乞うていた男が、躍り上がって立ち、歩き出し、神を賛美してペトロたちと一緒に神殿の境内に入っていくのを見ました。神様は彼らを通して、男の足をしっかりと立たせます。今まで束縛されていた、律法で定められた罪から、男は救われました。
 「神癒」とはホーリネス系信仰の独特の言葉です。「癒しの恵み」とは、私たちを病から、その苦しみから解放してくださるということです。
 しかし、癒しの恵みは肉体の病気という限られた範囲で、とらえられてしまう傾向があります。また、癒されること自体が、目的になってしまうことがあります。それは間違いです。人間は、肉体だけでなく、精神、心を持つものです。また、人との関係の中で本来生きるものです。そして私たちは、神様との交わりを通して生きるものとして、創られたものです。
 聖書には、私たちの信仰が観念的、あるいは精神的な心の中の問題だけでなく、目に見える形で、私たちの日常に起こる出来事として、数多くの癒しによる祝福が記されています。
 聖書は新約旧約問わずに、私たちの魂の問題と同時に、この「からだ」をもって生かされている私たち、「こころ」をもっている私たちの「存在」、「日々の生活」にも関心があることを記しています。
 聖書は、神様が私たちを創られた時から、神様は私たちの日常の中に具体的な出来事としての、「癒しの恵み」を与えてくださっていることを記しています。神様が私たち被造物を、癒してくださるのです。
 そして、私たちはイエス様が再び来られる「再臨」を待ち望んでいます。再臨の時まで、神様は私たちの弱さの中に、足りなさの中に、すべての人の生活の中に「癒しの恵み」を常に備えてくださっています。
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