茨の冠

エフェソの信徒への手紙6章18~20節

澤田直子師

主題聖句 「このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。」 マタイによる福音書27章31節
 ユダヤ総督官邸で、イエス様は再びお苦しみを受けられました。「ユダヤ人の王イエス」と偽ったとして訴えられ、十字架刑にかけられるイエス様に、ピラト直属のローマ兵は情け容赦ない仕打ちを加えます。ユダヤ人に対する憎悪は、密室を満たします。
 彼らは、イエス様にローマ兵の軍服、深紅の外套を着せ、茨で編んだ冠をかぶせ、王権の象徴として、葦の棒を持たせ、偽りのユダヤ人の王の姿に変えてしまいます。これらは全て王権の身代わり品、偽りの物です。さらに、彼らはイエス様に唾をかけ、葦の棒で殴り続けます。偽りの敬意が満ちています。この密室の出来事を、どうして福音書記者は知ることができたのでしょうか。
 聖書はイエス様の十字架を前にして「本当に、この人は神の子だった。」と、信仰を現した百人隊長がいたことを記しています。彼が、当事者の証しとして福音書記者に伝えたのではないでしょうか。真実の神様に出会った。いまさら裁判の判決は変わりませんが、一人のローマ兵の歩みが大きく変えられました。知らずに犯した自らの罪の深さを、彼は知り、伝えずにはいられなかったのではないでしょうか。
 この出来事の中心にイエス様はおられます。全ての偽りの声に沈黙を守り、十字架へと向かわれるイエス様。それはイエス様のお働きが、決して他の者には務められないからです。たとえ、偽りの王のお姿であっても、イエス様のお働きは決して変わりません。お体には鞭で打たれた傷、頭には棘の刺さる茨の冠をかぶせられたお姿は、誰にも代わることのできない、十字架へと向かわれる神様の御心を行う者のお姿です。
 イエス様は、茨の冠をかぶせられて、十字架へと進まれます。全ての人の罪を、その痛みを、冠としてかぶられて、十字架にかかってくださいました。私たちも、イエス様の後に続く者として、歩んで行きましょう。
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