2020年度

主は平和を宣言される

詩編85編

澤田 武師

主題聖句 「わたしは神が宣言なさるのを聞きます。主は平和を宣言されます。御自分の民に、主の慈しみに生きる人々に 彼らが愚かなふるまいに戻らないように。」 詩編85編9節
 「主は平和を宣言されます。」それは神様はここにおられるとの宣言です。神様の本質は愛であり、見返りを求めない、人を区別しない愛です。神様の愛は平和を創り出します。それはこの世の力や技術で創り出すことは決してできないのです。神様は私たちに、神様の御元にしか、あなたたちが求めている「神様の平和」はあり得ないと、語り続けていてくださいます。
 パウロはローマの信徒への手紙の中で、「正しい者はいない。一人もいない。」と書いています。私たちは、肉の体を持っている以上、意識しない罪も犯します。私たちは罪人です。その私たちの罪の贖いのため、救いのために、イエス様は十字架に掛かられました。その御心を知っていてさえも、繰り返し罪を犯してしまう、私たちは愚かな者です。
 人類の愚かなふるまいと過ちを、歴史は記録に留めます。75年前の今日、8月9日11時2分、広島市に続いて長崎市に二発目の原子爆弾が投下されました。約8万人の尊い命が失われました。75年後の今も苦しむ人がいます。それなのに人類はその後も、平和のためと正当化して核兵器を作り、今も保有しています。神様が私たちに「平和を宣言される」のは、二度と「彼らが愚かなふるまいに戻らないように」させるためなのです。
 「彼らが愚かなふるまいに戻らないように。」広島、長崎への原爆投下は決して繰り返してはならない日として記憶されます。この愚かなふるまいが、長崎の被爆が、人類最後の愚かな日でなければならないと、主は宣言されます。
 神様はまず、御自分の民に、主の慈しみに生きる人びとに、平和の宣言を伝えます。ここに記されているのは私たち、神様の愛を知った者、イエス様の十字架の贖いと救いに生かされている者たちです。神様の平和を知って、待ち望んでいる者たちです。私たちに託された主の平和を、隣人に伝える者となりますように、遣わされる場で担うものとなりますように。
📢音声