2019年度

宝の箱を開ける

マタイによる福音書2章1~12節

澤田 武師

主題聖句「彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」 マタイによる福音書2章11節b
 マタイによる福音書には、「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。」と、旧約聖書のメシア誕生の預言が今まさに成就したことが記されています。そして「占星術の学者たちが東の方からエルサエムに来て」学者たちは、星の導きによって知らされたメシア誕生を祝う礼拝を献げるために、メシアは何処に居られるかをヘロデ王に問います。ヘロデ王は知りませんでした。彼は不安を抱きます。不安はエルサレムを覆うことになったと記されています。しかし、同時にクリスマスが、異邦人世界に最初に伝わった出来事にもなったのです。
 故郷を旅立った第一歩目から、砂漠を越え、幼子イエス様を探し当てるまで、彼らは既に多くの時と財とを献げています。メシア誕生をお祝いする礼拝はただ一度きりであり、彼らは願いがかなって喜びに満たされました。イエス様を礼拝することは、いつの時代であっても喜びです。
 彼らが捧げた黄金、乳香、没薬は、大変高価な物です。この世では宝ですが、その理由でイエス様に献げられたのでありません。
 黄金は王の印として、乳香は祭司の象徴として、没薬は十字架のメッセージとして、それぞれがイエス様のお姿を現すのにふさわしいものとして、献げられました。
 神様は私たちにも宝を与えてくださっています。まず神様が私たち一人一人を創造された時、賜物をも備えてくださいました。そして何よりもイエス様の十字架の死と復活を経て永遠の命をくださいました。私たちが作り出すこの世の宝は、使えば無くなってしまいますが、神様の宝は、使っても減ることはありません、永久に変わりません。
 占星術の学者たちが喜びの中で、宝の箱を開けたように、私たちも与えられた宝をイエス様の前に感謝をもって献げましょう。日々の歩みの感謝は、礼拝へと続きます。命も賜物も、神様から与えられたものです。礼拝は私たちの宝の箱を、何時も満たしてくださいます。
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