2019年度

命を吹きこむ

ヨハネによる福音書13章36~38節

澤田 武師

主題聖句 「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」 ヨハネによる福音書13章38節b
 新約聖書のギリシア語では、日本語で「命」と訳される単語に“ゾーエ”“プシュケー”“ビオス”という三つの言葉が使い分けられています。
 「あなたのためなら命を捨てます。」ペトロが叫んだ「命」は、プシュケーという言葉です。プシュケーは、元々は「魂」また「息」という意味です。
後に人間としての存在、人間性、生活など幅広い意味を持つ言葉となりました。
 ペトロの言葉を言い換えるならば、「私はあなたを深く愛して、あなたを離れまいと決めています。あなたと一緒ならば、身代わりとなって死んでもいい。人間としての存在をイエス様のためなら、捨て去ってかまわない。生活をすべて捧げろと言われたら、その通りします。それだけの覚悟はできています。」この言葉はペトロの真実であり、確信をもって実行できると思っています。
 しかし、イエス様はペトロに言われました。「はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう。」イエス様はこう言われています。「あなたは自分の弱さ、もろさをわずかしか知ってはいません。まさにこの夜、鶏が鳴く前にあなた三度わたしを知らないと言うでしょう。私のために命を捨てるなどとはかけ離れて、自分の生命のために、私を知らない、と臆病な答えをして、わたしとあなたとの間の命を捨てることになります。それは、体の生命を失うよりもつらいこととなります。」この後、イエス様のお言葉通りに、ペトロの信仰の命は打ちのめされます。
 その弱きペトロに、復活されたイエス様は「平和があるように」と愛を与えられました。私たちもペトロです。私たちの心の内にも多くの弱さがあります。私たちは、自分の心の弱さを認識していないゆえに、高慢になります。誘惑を受ければ、どこまでも堕落してしまう者であることを、決してわかってはいないことを、もう一度知りましょう。弱き私たちのために、イエス様は十字架に掛かってくださいました。私たちにも神様の愛を示し、実践する者となるために、イエス様は「永遠の命」を私たちにも吹き込んでくださいます。
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