あなたがたは選ばれています

ペトロの手紙一2章1~10節

 教会は主イエスが復活され天に帰られた後、弟子達が心合わせて祈っていた時に聖霊が降って誕生しました(ペンテコステの出来事)。それ以来、聖霊のお働きによって教会の御業は今も前進し続けています。その為に主イエスという頭の元にキリスト者である私達が霊の家=教会を造り上げていくようにと、主イエスは仰せられます(1~5節)。「・・・あなたがたは、選ばれた民・・・神のものとなった民です。暗闇の中から驚くべき光の中へ招き入れてくださった方の力ある業を・・・あなたがたが広く伝えるためなのです。」(9~10節)
 「あなたがたは、『かつては神の民でなかったが、今は神の民であり、憐れみをうけなかったが、今は憐れみを受けている』」(10節)憐れみによって主イエスの救いに与ったキリスト者は、天国に行く事が約束されていますが、その約束に留まって落ち着いてしまうのではなく、主イエスを慕い求めながらキリストの御業を宣べ伝え、主イエスを頭として一人一人が結び合わされて、主イエスと共に教会を建て上げていく事が求められています。
 教会の頭であるイエス・キリストについて「主は人々から見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです」(4節)「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。」と記されています(7節)。
 隅の親石とは石を積んでアーチが造られる、その一番上の真ん中に据えられる石の事を指します。その石がしっかりと頂点にはまる事によってアーチ全体が堅固な構造物となります。その石がはずされるならアーチ全体が崩れてしまうという、最も大切な隅の親石となってくださったのが主イエスです。
 罪人である私達が、主イエスを見捨てて十字架に架けました。しかし捨てられた主イエスは神によって尊い石・生きた石となって、私達の教会の頭として今も救いの完成を目指してその御業を進めておられます。
 神を見捨てた私達を、神の御心に適う教会を建て上げていく生きた石として選んで用いてくださり、そうして聖なる者と成長させて頂けるのです。「水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる・・・わたしの目にあなたは値高く、貴く、わたしはあなたを愛し・・・恐れるな、わたしはあなたと共にいる。」(イザヤ43:1~4)私達が欠けだらけでも、問題があっても、隅の親石であるキリストが頂点である限り、私達を守り導いて主の御業を進められます。そして神は「貴いあなた」が必要だと、今日も選んでくださっています。