待ち望んだクリスマス
ルカによる福音書2章25~35節
主題聖句 『主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。』 ルカによる福音書2章29~30節
ルカによる福音書には、シメオンと女預言者アンナとイエス様の出会いが、公現の出来事として記されています。シメオンには聖霊からの御告げがあり、この日エルサレム神殿へと導かれました。同じ時に、ヨセフとマリアは律法の規定に従って初めての子どもを神様に献げるため、境内に入って行きます。普通なら決して出会うはずのない者同士でした。彼らの出会いは、聖霊の導きによるものです。シメオンは雑踏の境内で、マリアの腕に抱かれたイエス様に気づきます。この時シメオンはこのことこそが聖霊の導き、聖霊の約束、メシアとの出会いであると確信しました。シメオンはイエス様を抱き上げ「今、去らせてくださいます」と神様に祈りと賛美を奉げます。
「抱き上げる信仰」信仰は理解と体験です。理解だけではつまずきを覚えます。理解のみでは力も希望はありません。確かにイエス様が触れてくださった、取り扱ってくださった、イエス様に触れた経験こそが信仰を強めます。
シメオンもアンナも老人でした。老いるとは、今までの力を失っていくことです。しかし、シメオンはこの時、新たな希望を見、確信を得たのです。
イエス様とシメオンの出会いは、旧約の律法から、新約の福音の時代に変わった「しるし」として与えられた出来事です。それでも、当時最も賑やかで、最も神聖とされた神殿で、神様から与えられた「しるし」に気づいた者は、シメオンと女預言者アンナの他にはいませんでした。
神様が、クリスマスを通して私たちに求められるのは、私たちの全てを通して信仰の証人となることです。「わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」イエス様に従うことは、時として神様のみ言葉に私たちの心が刺し貫かれる経験となります。痛みを伴います。それでも従い続けた時に神様の私たちへの愛の豊かさを知ることができます。主日から始まる新しい一週間、皆様の上に起こるであろう様々な出来事の中で、イエス様をしっかりと見つめることができる喜びを見出す歩みとなりますように。
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