彼の他にいない
エレミヤ書30章18~22節
主題聖句 『こうして、あなたたちはわたしの民となり わたしはあなたたちの神となる。』 エレミヤ書30章22節
クリスマス預言というと、どうしてもイザヤ書7:14や9:5が頭に浮かびますが、他にも旧約聖書にはクリスマス預言、救い主預言と受け取れる箇所は多いのです。エレミヤ書はユダ王国が滅亡に向かう暗い時代の書物ですが、それだけに救い主の到来預言は輝いて感じられます。
ところで、なぜキリスト教会でも旧約聖書を読むのでしょうか?イエス様を信じるのに新約聖書だけでは足りないでしょうか。実は、旧約聖書は、救い主イエス・キリストを指し示している書物なのです。ミカ書には「ベツレヘム」の預言が\ありますが、ミカの預言よりずっと昔、異邦人の女性ルツがベツレヘムで落ち穂を拾う「ルツ記」では、救いが万人に開かれることを示しています。「ベツレヘム」はパンの家という意味です。イエス様は最後の晩餐の席で弟子たちにパンを分け「これはあなたがたのために与えられるわたしの体である」と言われました。まるで東方の博士を導いた明るい星のように、旧約聖書は信仰者を救い主へと導くのです。
エレミヤ書30章は「回復の約束」31章は「新しい契約」の預言です。この時にはまだユダ王国は存在していますが、神様は未来の苦難から希望が生まれるご計画を進めておられます。ローマ5:3~「わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません」神の御業は、どの時代の誰に対しても変わらないのです。新しい契約において、神は見える神殿ではなく見えない神殿を建てようとされます。「見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続する」からです。21節「彼のほか、誰が命をかけてわたしに近づくであろうか」イエス様は、神からの使命だけをその資格として、わたしたちの大祭司として世に来られました。神様にとっても救い主は独り子イエス様しかなく、わたしたちにとっても救い主イエス様の他はありません。これほどのお方が与えられた神様の愛を感じつつ、クリスマスを待ちましょう。
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