健やかなる魂

マタイによる福音書8章14~17節

澤田直子師

主題聖句 「イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。」 マタイによる福音書8章16節b
 マタイの福音書5章から7章までは、山上の説教に続くイエス様の教えが書かれます。そして山を下りた後で、イエス様は3回続けて癒しの奇跡を行われます。重い皮膚病の人、百人隊長の僕、ペトロのしゅうとめの癒し、これらはイエス様の公生涯の始めの頃のお働きです。
 ガリラヤ湖周辺の、特にヨルダン川が流れ出るあたりは沼地になっていて、マラリヤを媒介する蚊が大量に発生したということです。おそらくペトロのしゅうとめはマラリヤにかかっていたのでしょう。
 この前の2つの癒しの奇跡は、イエス様にいちるの望みをかけて、願って与えられた奇跡でしたが、ペトロのしゅうとめは何かを願ったわけではありませんでした。また、前の二人はイエス様を知らなかったと思いますが、ペトロのしゅうとめは会ったことがあると思います。以前にも、ペトロや弟子たちと共にイエス様が立ち寄ったことがあったかもしれません。ユダヤ人の習慣として、彼女は客人をもてなそうと準備をしていたでしょう。それが突然の熱で動けなくなってしまった。イエス様が来られた時、「これで癒してもらえる」というよりは、「何もできなくて申し訳ない」という思いの方が強かったのではないでしょうか。
 その彼女の手に、イエス様は触れて、熱を癒してくださいました。これらの癒しの奇跡から分かることは、イエス様は願いがあろうとなかろうと、苦しむ人を見過ごすことはなさらないお方だということです。わたしたちが神様の御力を求めるのは、わたしたちの魂が健やかで、どこに何を願うかを知っているということです。
 癒されるということは、元に戻るという意味ではありません。癒された者には、心にも体にも痛みのしるしが残ります。それは、何もない時には忘れられがちな「いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、どんなことにも感謝しなさい。」という御言葉を、実感と証しをもって行う者のしるしです。
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