2019年度

神は共におられる

マタイによる福音書1章18~25節

澤田 武師

主題聖句 「この名は、『神は我々と共におられる』という意味である。」 マタイによる福音書1章23節c
 マタイは福音書の冒頭に、ユダヤ人の信仰の父であるアブラハムから、イエス様へと続く系図を記しています。ユダヤ人にとって、系図は自分自身の存在を証明する、とても重要なものです。マタイはイエス様の存在が正統かつ事実に基づくことを証明するために、最も確かなものとして系図を記しました。
 系図の中には多くの神様に用いられた人たちの名が、「○○は○○をもうけた」と記されます。「そしてイエスがお生まれになった。」お生まれになった、とはイエス様だけに用いられている言葉です。神様が人間としてお生まれになった、救い主としてお生まれになったことを示します。この系図は、クリスマスが神様のご計画として与えられたことを現しています。
 マタイは、ヨセフの苦悩の中に最初のクリスマスがあることを伝えています。ヨセフは夢の中で、「恐れずに妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。」
と、天使から告げられます。そして生まれてくる子どもに、イエスという名を付けること、この名は「神は我々と共に居られる」
という意味であると伝えられます。
 だれにでも「恐れ」あります。病はもちろん、日常生活にも将来にも恐れはあります。“何故私がこんな目に”簡単には受け入れられない現実。神様は恐れるなと言われます。「恐れるな」
とは、受け入れることの出来ない現実を受け入れることです。自分の力だけでは到底受け入れられない現実であっても、そこに神様が居られると信じた時、受け入れられるのではないでしょうか。「神は我々と共に居られる」から受け入れることができるのです。
 もし、神様が私たちにイエス様を与えてくださらなかったら。クリスマスが来ない世界とは。そこには聖書も、教会も、礼拝もありません。罪からの救い、永遠の命への宣言もありません。兄弟姉妹の交わりも讃美歌も生まれません。暗闇には永遠に光が輝きません。
 福音は命です。希望です。クリスマスは全ての暗闇に「主の栄光はあなたの上に輝く」と光を与えてくださるのです。メリークリスマス。
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