イエス・キリストこそ私の救い主
マルコによる福音書5章1~20節 何か分からない力に支配されどうにもならない重圧の中、苦しみに押し潰されるような経験をしたことがあると思います。人間のコントロールを超えた力に振り廻され、精神を不安定にする力と言いえ換え… イエス・キリストこそ私の救い主 の続きを読む
小松川教会の説教 主日礼拝の説教概要
マルコによる福音書5章1~20節 何か分からない力に支配されどうにもならない重圧の中、苦しみに押し潰されるような経験をしたことがあると思います。人間のコントロールを超えた力に振り廻され、精神を不安定にする力と言いえ換え… イエス・キリストこそ私の救い主 の続きを読む
マルコによる福音書4章35~41節 主イエスはいかなる時も神に信頼し、信仰に生きる事を望んでおられますが、時として神を見失ってしまうような私達です。主イエスと共に寝起きしていた弟子達ですら嵐に遭遇し「先生、わたしたちが… 大丈夫、恐れるな の続きを読む
申命記26章1~11節 申命記はモーセ五書の最後の書、モーセの告別説教である。神はイスラエルの民とシナイ契約を結んだが、ヨシュアとカレブ以外の成人男子はカナン侵攻を拒んだ故に38年間の荒野に没した。そして今、神は約束の… 喜びの礼拝 の続きを読む
マルコによる福音書4章26~34節 主イエスが語られた福音は、神の国・天国の到来を告げるものです。神の国とは地図にある特定の国ではなく、神の御支配の下にある所を指します。地上の世界には何百という国がありますが、霊的な見… 小さく生まれて大きく育つ の続きを読む
エフェソの信徒への手紙2章14~22節 平和は人類にとって永遠の願いですが、人間が引き起こす戦争も、悲惨な出来事も人間の罪が姿を現したものです。ですから平和とは私達の罪が赦され、神と和解する事で実現されます。和解の福音… キリストにある平和 の続きを読む
ペトロの手紙二3章8~18節 「わたしの父の家には住む所がたくさんある。…行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える」(ヨハネ14:2~3)イエス・キリストが再びおいでになる… 待ち望むものは何ですか の続きを読む
ルカによる福音書5章12~26節 「人よ、あなたの罪は赦された」(20節)今も私達に宣言してくださっています。自分の罪と向き合い苦しんでいる人にとっては、何にも勝る恵みであり、最大の癒しのお言葉です。しかし、人の罪の問… 死んでも生きる の続きを読む
コリントの信徒への手紙二 12章9~10節 1.勝敗にこだわる生き方 昔、美空ひばりさんが歌った歌でこういう歌詞がありました。「勝つと思うな、思えば負けよ」という歌です。「柔」(やわら)という歌なんですね。 歌の心は… 弱さを誇る の続きを読む
テサロニケの信徒への手紙一 12章9~13節 主なる神の前に信仰告白して、洗礼を受けてキリスト者となります。そのような洗礼に始まる私達の信仰生活の成長をジョン・ウェスレーという人は「聖化」という言葉で表現しました。又、… キリストに倣って聖くなれる の続きを読む
詩編46編 現代は「不安の時代」と言われます。詩編46編は激動の詩です。大地が揺れ動くような歴史的な大激動のただなかに詩人はいます。しかし、この詩は、大激動にも動じない、不動の信仰、大信仰の詩でもあります。「神その中に… 神その中にいませば都は動かじ ― 臨在不動 ― の続きを読む