大きな業を行う

ヨハネによる福音書14章8~14節

澤田直子師

主題聖句 「はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。」 ヨハネによる福音書14章12節
 フィリポの「御父をお示しください」という言葉は、直接神様を見たら死んでしまうと信じられていたので、何かのしるしによって神を現わしてほしいと願ったのでしょう。イエス様はずっと一緒にいて、何を見てきたのか、と問いかけられます。
 イエス様は、わたしの言葉が信じられないのなら、業によって信じなさい、とハードルを下げてくださいます。ここからが不思議なお言葉で、イエス様を信じる者は、イエス様と同じ業を、もっと大きな業を行う、と言われます。しかし、わたしたちは、嵐を静めたり死んだ者を生き返らせたり、わずかな食べ物で5000人を養うようなことはできません。
 イエス様は、これらの業はご自分を通して神の働きが表れている、とおっしゃるので、わたしたちがイエス様のように完全に自分を神に明け渡すことができれば、あるいは奇跡を起こせるのかもしれません。
 ある神学者は「もっと大きな業」とは福音の広がりを指している、と考えます。確かに、イエス様の公生涯3年と少しでは、パレスチナ地方にしか宣べ伝えられなかった福音が、聖霊の時代使徒の時代には、当時の世界中に広がり、400年を経て世界的な宗教に発展しました。
 しかしもう一つ、イエス様と神様との間よりも、わたしと神様の間の方が圧倒的に遠い、にもかかわらず、神に明け渡したい、明け渡そう、とする時、その祈りの必死さが、イエス様の業よりも大きくなるのではないでしょうか。また、己が貧しさを知るならば、内なるイエス様の存在により頼まざるを得なくなり、そういう信仰者の祈りは、「御心に沿うならば」となっていくでしょう。その祈りを、イエス様は「わたしの名によって願うならば」と受け入れてくださるのです。
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