近づくな、離れよ

テトスへの手紙3章9~11節

澤田 武師

主題聖句 『愚かな議論、系図の詮索、争い、律法についての論議を避けなさい。それは無益で、むなしいものだからです。』 テトスへの手紙3章9節
 「あなたをクレタに残してきたのは、わたしが指示しておいたように、残っている仕事を整理し、町ごとに長老たちを立ててもらうためです。」パウロはクレタでの伝道をテトスに託しました。それは、神様がいつの時代のどの牧会者にも託してきた、永遠に変わることのない使命そのものです。
 パウロは、クリスチャンの本来の任務は、その生活の中にあると確信していました。「愚かな議論、系図の詮索、争い、律法についての論議を避けなさい。」とパウロは言います。これらはクリスチャンに必要のないもの、執着してはならないものとして数え上げられています。ユダヤ教の影響から、これらを議論することが信仰的であると考える者たちは、正論を主張し合い、議論のための議論に没頭する傾向にあったようです。それこそ、「イエス・キリストを見えなくしてしまう誘惑」となる。それは「無益で、むなしいもの」とパウロは断言しています。
 「分裂を煽る異端の脅威」が、教会の信仰の一致を崩し、信仰共同体としての兄弟姉妹の絆が断ち切る恐れがあることを表しています。
 教団発行の「教団新報」誌には、注意喚起のためにカルト教団が、組織的、計画的に教会の乗っ取りを行った事例を紹介しています。乗っ取りを防ぐ対策として、はっきりと拒否の対応を取ることが勧められていました。パウロも「避けなさい、かかわりを持たないようにしなさい」と指示をしています。
 これらのパウロの指摘は、クレタの教会に限ったことではありません。パウロは同じ牧会書簡であるテモテへの手紙にも、また、ローマの信徒への手紙の中にも、同じような指摘をしています。それはこれらの問題が、何時の時代でも全ての教会の中に起こりうることだからです。
 多様な情報が瞬時に手に入る中で、何が本当に「健全な教え」なのかを見極める力がより求められます。これは現代においては、流行り廃りや表面的な価値観に流されず、必要がなければ捨て去ること、本物を見抜く力は、ただイエス・キリストを知ることから与えられると信じて歩むことです。
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