誰かに届く言葉で

コリントの信徒への手紙一 14章6~19節

澤田直子師

主題聖句 「霊で祈り、理性でも祈ることにしましょう。霊で賛美し、理性でも賛美することにしましょう。」 コリントの信徒への手紙一 14章15節bc
 パウロは、異言と預言について語ります。異言とは自分と神様との対話です。パウロ自身が異言を話す人で、そのことによって神様と固くつながり、信仰が強くされることを経験としてよく知っていましたし、その賜物によって励まされていました。
 コリントは商業都市として栄えた港町なので、たくさんの船が来てたくさんの外国人が訪れました。ギリシャ文化を最高峰と思っていたコリントの人々は、外国の人々が話す言葉を「バルバル」と聞こえるといって蔑みました。「バルバロス」野蛮な人々という言葉の語源にもなっています。
そのような場所に立つ教会で異言を話すということが、教会の外の人々にどう受け止められるか、パウロは心配だったのでしょう。異言と共に預言の賜物を求めるよう勧めます。
 預言は文字通り神様からの言葉をお預かりして、自分の口と言葉で伝えることです。旧約時代の預言者は神様からの召しによって使命が与えられましたが、新約の聖霊降臨の後からは、全ての人に神からの聖霊が与えられ、言葉が預けられることとなりました。宗教改革以降はこれを「万人祭司」と表しています。
 「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:16)一人も滅びないためには、特別な才能や使命に関係なく全ての人が神様のご計画に参加することが望ましいのです。誰かに届く言葉を話すには、まずその誰かがどんな言葉を聞きたいのかを探さなければならないでしょう。福音が真理だからといって、誰にでもすぐに伝わるわけではありません。その難しいことをするためには、弱く欠けのある者が理性を働かせるほうがふさわしいと神様はお考えになっているようです。誰かに届く言葉を探し、主の御用に遣わされて行きましょう。
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