祈ってください
コロサイの信徒への手紙4章2~6節
主題聖句 『目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。』 コロサイの信徒への手紙4章2節
パウロはコロサイの信徒への手紙を書き終えるにあたって、2節、『目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。』と最後に挨拶を記します。何かコロサイの信徒を突き放したように聞こえる言葉ですが、そこには教会へのパウロの思いが込められていることが伝わってきます。
イエス様は十字架を前にして、「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。」と、弟子たちに命じますが、弟子たちは睡魔の誘惑に負けて、言いつけを守ることは出来ませんでした。祈り続ける者となるには、様々な誘惑があることを知っていなければなりません。
コロサイの信徒たちにも、異端からの誘惑はあります。「ひたすら祈りなさい」祈りは迷いから救い出してくださいます。同時に、パウロもコロサイの信徒のために、ひたすら祈り続けています。祈る彼の姿が見えてきます。
3節、「同時にわたしたちのためにも祈ってください。」パウロは「祈りなさい」と同時に「祈ってください」とも言います。「祈ります」と、「祈ってください」とは、分かつことできない祈りの表裏です。
プロテスタント教会は、個人の言葉で祈ります。私の祈りをイエス様は神様へと伝えてくださる。自分のために祈る、そして誰かのために執り成しを祈る。更に、祈ってくださいと、祈りを託す。祈り続ける者となる訓練は必要です。
パウロはまだ一度も会ったことのない兄姉に、門が開き託された宣教の業を行えるように、すべての人にキリストの秘められた計画を語ることができるように、祈ってくださいと願います。祈る者と祈られる者が共にここにあります。
私たちは「祈りましょう。」とは言えますが、自分の課題を「祈ってください」とはなかなか言えない時があります。
パウロの信仰者としての確かさは祈られる恵みを知っているところにあります。祈りは神様へ続いている。この確信によって、「祈る者」であり「祈られる者」となると知っているからです。祈るということは、私のために十字架に掛かって死んでくだったイエス様をハッキリと知ることです。その心に聖霊が働き、私たちの信仰は強められ、成長させていただくということです。
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