聖化の恵み
レビ記19章1~8節
主題聖句 「あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。」 レビ記19章2節b
「カナンの地」は無秩序な荒廃した異教世界でした。神様はこの世界をイスラエルの民に与えると約束されました。選ばれた者が、神様の秩序を回復させるために、この異教の地で「聖なる者」として生きることを命じます。
カナン人の神は人が作った偶像として存在しました。偶像礼拝の恐ろしさは、自らが形作った神に、自らが囚われてしまうことです。朽ちてしまう、虚しい物を神として崇めることです。虚しい物体を崇めている限り、唯一絶対のまことの神様を知ることはできません。
聖書は、神様は「聖なる方」であると記します。「聖なる方」とは、私たちとは全く異なるお方、区別された方を示し、神様の絶対性、超越性を表す言葉です。そして神様は私たちにも「聖なる者」となることを求めておられます。
「…神はわたしたちを愛して、…聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。」(エフェソ1:4)神様は私たちが「聖なる者」となるために、独り子イエス様を「完全な和解の献げ物」として十字架につけられ、イエス様を信じる者すべてに「聖化の恵み」を示されました。
「聖化」は神様の御業です。私たちがいくら努力しても、自分自身は変えられません。しかし神様は、無償でこの「恵み」を与えてくださいました。
「和解の献げ物を主にささげるときは、それが受け入れられるようにささげなさい。」「聖化の恵みに生きる」自分の足りなさを受け入れた時、誰よりも私自身が神様の恵みを必要としていると知るのです。聖化の恵みに与る者は、高慢になったり他人を裁いたりすることができなくなります。神様が受け入れてくださる自分を喜んで捧げ続けていく、それが、「聖化の恵み」に生きるということです。そしていつしか「主と同じ姿に創り変えられて行く」のです。ホーリネス信仰はその名前が示すように、特に「聖化」を重んじる信仰です。個人個人の生活の場において、実践的に神様の「聖」を求める信仰と言えます。日々生かされて歩みましょう。
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