5月16日 礼拝説教概要 

「沢山もっているから貧しい」 創世記35章1~15節
 ヤコブ物語のテーマは「祝福」です。いかに祝福を受けるかが大きな問題でした。ヤコブのこれまでの長い人生を見てきますと祝福とは努力して勝ち取るものではなく、罪人の自分・裸の自分になって神の前に立ち続けるという事を教えられます。
 「さあ、ベテルに上り、そこに住みなさい。そしてその地に、あなたが兄のエサウを避けて逃げて行ったとき、あなたに現れた神のための祭壇を造りなさい。」(1節)と、神はヤコブに転機となった重要な場所、ベテル(神の家)にもう一度帰るように言われました。ベテルとはヤコブが孤独と失意の場所であり、何も持っていなかった場所です(28:10~22)。もう忘れかけていた、神に自分が聞く場所に繰り返し戻り、そこで今一度罪人の自分に立ち帰る事を求めておられます。
 犯した罪の為に孤独の中無一文で出発したヤコブでしたが、時が経ち家族や仲間を得て財産も増えある意味で成功者となりました(2~4節)。そのような自分に慣れて満足した時、人は自分を守ろうとします。守るものを持った時、何かを握りしめている時、自分を生かす根源的な神の存在が見えなくなるものです。故に神は身を守るべきものを何一つ持たず、不安に怯えていた裸のヤコブに帰る事を求められたのです。自分でかき集めたもので豊かになっていく分だけ神から離れて貧しくなるのが人間です。成功した自分を認めて貰うのではなく、こんな罪人でも神の御前に出る事を赦されている恵みに、繰り返し感謝する事によって神の祝福の中に入れられ人は豊かになっていきます。
 「・・・心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入る事はできない」(マタイ18:3)十字架の恵みに砕かれて自分の罪を知りプライドを捨てて、もはや何も自分の手に握りしめていない者が天国に入る事ができるように、余分なものを捨てた分だけ祝福は確かなものとなっていきます。