私たちこそ神の家

ヘブライ人への手紙3章1~6節

澤田 武師

主題聖句 『キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるならば、わたしたちこそ神の家なのです。』 ヘブライ人への手紙3章6節
 著者は「天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち」と、ユダヤ人クリスチャンに呼びかけます。神様は彼らを知っていてくださり、彼らは既に、神様の壮大なご計画の内にあり、「神の家の一員」として招かれています。
 しかし現実は、ふたたび試練と艱難が彼らを捉えようとしています。彼らの信仰は危機的状況にあります。
 「イエスのことを考えなさい」と著者は迫ります。注意を集中して、全精力を傾けて、イエス様の、その真理を探究する、本質を見極める、心を研ぎ澄ましてイエス様に迫っていく。改めてイエス様と対面しなさいと命じます。それは全てのクリスチャンに語られた言葉なのです。
 「イエス様のことを考えなさい」という薦めは、「あなたはイエス様のことをどう思っているのか」との問いに変わらざるを得ません。イエス様ならどうされたか、イエス様ならどう思われたかを、自分に問い続けるのです。この世を歩む信仰者として、自分の心がどこへ向かっているかを絶えず確認し続けるということです。私たちもまた「神の家の一員」に招かれている者として、ふさわしい者であり続けたい。この祈りから全てが始まります。
 「もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるならば、わたしたちこそ神の家なのです。」信仰者の歩みは、イエス様の希望と喜びに満たされ続ける生涯です。そこに神様によって生かされている者、神様を第一とする者の姿があります。この者たちこそ、神の家と呼ばれる者にふさわしいのです。
 大祭司イエス様は、私たちと神様との間を引き離そうとするあらゆる力から解放するために、ご自分を犠牲として捧げてくださいました。このイエス様を信じることによって、私たちは神様に大胆に近づくことができるのです。
 神様が特別な思いで創られた神の家。それが地上に建てられた教会です。その教会に招かれた一人一人が、神の家なる教会を形成する者たちです。私たちこそ神の家なのですと、証し続ける信仰者となりましょう。
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