神の民の出発

創世記37章12~24節

澤田 武師

主題聖句 「ルベンはこれを聞いて、ヨセフを彼らの手から助け出そうとして、言った。『命まで取るのはよそう。』」 創世記37章21節
 「兄たちが出かけて行き、シケムで父の羊の群れを飼っていたとき」、羊飼いたちの日常であったこの日を境に、ヤコブの一家は神様の壮大なご計画の中を歩み始めます。ヨセフは兄たちを探す“旅”に、普段から着慣れている“裾の長い晴れ着”を着て行きます。それは日常の続きに過ぎませんでした。
 兄たちは遥か遠くに、晴れ着を着たヨセフの姿を認めると、ヨセフの話した“夢の結果”がどうなるか、ヨセフを無き者にして試そうとします。
 しかし、長男のルベンはヨセフを父の元に帰してやりたいと思い、「命まで取るのはよそう。」と、ヨセフ殺害に反対します。ルベンの言葉は、兄弟たちの考えを変え、ヨセフの晴れ着をはぎ取って穴に投げ込むだけにしました。後、ヨセフは、この穴からミディアン人の商人に救い出されて、家族の前からその姿を消すことになります。神様はヨセフを殺させはしません。かといって、ヤコブの元に帰すこともなさいませんでした。神様のご計画に用いるために、来るべき日の準備のために、ヨセフをエジプトへと旅立たせました。
 聖書はその編纂が終わった時から、様々な国で読まれました。ヘブライ語からギリシャ語、ラテン語と、使う言語は変わってきましたが、福音の素晴らしさは決して変わることはありません。私たちは聖書を読んで「ヨセフ物語」の結末を知っています。また、イエス様が十字架に掛けられて死んでも、三日後に復活されたことも知っています。神様のご計画をそこに見出します。
 私たちはなぜ、繰り返し聖書を読むのでしょうか。それは、私たちの歩みは何時もリアルタイムだからです。この先は、どんなことが起こるか、誰にも分からないからです。
 その時、気づかせ、導きを与えてくださるのが聖書の御言葉です。神様のご計画を今は分からなくても、神様はその歩みをすでに備えてくださっていると知るのが御言葉です。あなたの今日の一歩は、神様のご計画の一歩であることに、感謝をもって歩み続けてまいりましょう。
 神の民よ、勇気をもって,あなたの一歩を神様の御計画のために踏み出そう。
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