幼子を腕に抱き

ルカによる福音書2章22~35節

澤田 武師

主題聖句 『わたしはこの目であなたの救いを見たからです。』 ルカによる福音書2章30節
 子ども祝福式のメッセージです。イエス様のお誕生は、ベツレヘムの家畜小屋での出来事でした。そこにはヨセフとマリア以外誰もいません。父と母は生まれたばかりの幼子を「飼い葉桶」に寝かせます。赤ちゃんにふさわしい揺りかごではなくても、ひと時の「安心」が与えられました。
 そして今、シメオンは神殿の境内で、マリアに抱かれている幼子と出会いました。彼は幼子を救い主と信じ、自分の腕に抱きました。その時彼は「喜び」で満たされました。
 私たち自身も、親の愛により安心なところに「寝かされて」、喜びをもって「腕に抱かれて」成長してきました。また、私たちは親になっても同じことを思います。どの時代でも変わらない、子どもの成長を願う親の姿です。神様はマリアを選ばれて、イエス様の母とし、ヨセフを選ばれてイエス様の肉の父とされました。
 シメオンは幼子が救い主と気付くと、この出会いこそが聖霊の導きであり約束の成就であることを確信します。シメオンは思わず幼子を抱き上げたのでしょう。理屈ではない、肌の感覚をもって神様の約束の成就を見ることができたのです。この腕に抱き上げた幼子を見ただけでシメオンは満足でした。長い信仰生活を感謝の内に終わる事ができる喜びで溢れました。シメオンの死は、メシア誕生の証詞となります。シメオンが歩んできた全てを今、引き受けてくださる方と出会えた喜びになりました。「抱き上げる信仰」それは体感です。
 信仰は頭で理解した事だけでは躓きます。確かにイエス様に触れた体験。この感覚が信仰を強めます。何時の時代でも、子どもの成長と幸いは親の願いです。この日、子どもたちがイエス様と出会うために、私たちは礼拝へ招かれました。子どもたちがイエス様の十字架と復活が示す神様の愛を、神様の子どもとして、その生涯に、神様が関り続けてくださることを一番の希望とするようにと。変わらぬ成長と祝福を神様に委ねるために、信仰の継承のために、私たちは子どもたちを連れて来たのです。
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