何をもって信じるか

ヨハネによる福音書4章43~54節

澤田直子師

 ヨハネによる福音書2~4章は、ユダヤ人だけが救われる時代は過ぎ去り、全ての人が神の救いに入ることを証ししています。2章のカナの婚礼では、水を汲んだ僕がまず奇跡を目にしました。3章では律法学者でユダヤの議員であるニコデモに「独り子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである」との真理の中の真理を教え、4章ではサマリアというユダヤ人が忌み嫌う中でさらにつまはじきにされている女性がイエス様に出会います。さらにその後で、ヘロデ王に仕える役人の息子を救います。
 父親は息子を助けたいと必死でした。頭を下げるのも、お叱りを受けるのも覚悟の上でイエス様に頼ったでしょう。逆に言うと、これくらいの必死さでなければ、イエス様のところには来なかったかもしれません。この父の苦しみを見たイエス様は「帰りなさい。あなたの息子は生きる」と言ってくださいました。父はそれを信じて帰りました。イエス様を信じることに賭けたのです。条件が揃えば信じましょうというのは「信用」、無条件で信じることを「信頼」と言います。父親は、自分の意志でイエス様を信頼することを選び取りました。
 帰り道で、家から来た僕に会うまで、父親は心の中で戦ったと思います。やはり頼み込んで一緒に来ていただくべきだった、いや、あの方のお言葉は信頼するに足るものだった、と、誰の目にも見えない心の中の戦いを繰り返しながら歩いて行ったでしょう。このチャレンジは成功しました。息子の命が助かっただけでなく、一家がこぞって主を信じ、永遠の命をいただく者となりました。使徒言行録16:31「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」恵みは信じた者一人にとどまらず、さらに広がってゆくのです。
 わたしたちは、毎週礼拝に集います。礼拝の中で、祈りにも賛美にも、もちろん説教にも主の御言葉が満ち満ちています。御言葉を信じて帰る者でありたいと願います。条件が合えば、ではなく、自分の意志で信じることを選び取りましょう。
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