あなたがたに告げる

ヨハネによる福音書16節5~15節

澤田 武師

主題聖句 「だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」

16章15節

 イエス様は弟子たちに、自分に代わって“弁護者”をあなた方に与えると約束されました。弁護者とはヨハネが書き記している聖霊のことです。「真理をことごとく悟らせる」聖霊は、神の真理とは何かをはっきりと悟らせるためにあなたがたに与えられる、と記されています。
 イエス様は、弟子たちに、別れが差し迫っている事を伝えます。弟子たちにはその意味はよく分かりませんが、「あなたがたの心は悲しみで満たされている」とあるように、弟子たちにとっては言葉を失うほどの現実を受け止めなければなりません。イエス様と一緒の歩みが終わる。「どうしてですか」「なぜですか」言葉にできない弟子たちの心の声です。
 イエス様のお言葉は、わたしが去っていくのは、それはあなた方のためになることであると続きます。別れに続いて新たな出会いが準備されていると話されます。もし、聖霊が降らなければ今もキリスト教は世界の一地方の宗教だったかもしれません。「一人一人に聖霊が降る」そして、世界のすべての者たちに「真理を示す」ために「弁護者」が与えられる。これは神の約束です。
 この世は罪に満ちている。神に逆らう生き方をしている。神の裁きがある。聖霊はこの世の暗闇をはっきりとわからせてくださいます。一人一人に聖霊が満ちた時、私たちの視線は神の真理を見る視線となります。その時、この世の誤りが見え、神の御心が分かります。私たちが神のご計画の中に生かされている者であるとはっきりと知ることになります。弟子たちが使徒として歩む、その準備が始まることを伝えています。
 聖霊は、一人一人に神を証しする言葉を、イエス様を信じる信仰を与えてくださいました。ペンテコステの日、人々は集められ、礼拝をして、共に祈り、持ち物を分け合いました。ここに教会が誕生します。この時から今日まで、教会は地上にあり続けています。教会は神の真理を伝えるところです。神の真理によって集められた者が、共に歩む場です。
教会は、そこに集う者が聖霊によって改めて自分の存在を知る場であります。