動き出す時

使徒言行録23章23~35節

澤田直子師

 パウロを殺そうとするユダヤ人の陰謀を知った千人隊長は迅速に動きます。パウロ一人につく護衛の数は470人。エルサレムに駐屯しているローマ兵の半分近くです。もし、パウロがローマの市民権を持っていなかったら死刑になっていたかもしれません。『主の山に備えあり』パウロはローマ軍に命を守られただけでなく、ローマの公費で、護衛付きでローマへの旅を始めたわけです。
 物事が動く時というのは、わたしたちの想像を超え、人間的な思いを吹き飛ばすようにして動くものです。2016年の小松川教会のクリスマスシーズンは、まさにそういう時ではなかったでしょうか。白百合保育園のページェント礼拝、教会のクリスマス愛餐会、原登名誉牧師のご葬儀、クリスマスイヴ礼拝、クリスマス礼拝、と一週間の間に行なわれました。
 この時の辛さは、物理的な忙しさよりも、ふさわしくない者が事に当たらなければならないところにありました。本当なら、どれをとっても大切な事に、誰もが納得する十分な準備をしたかったのです。しかしそんな余裕はなく、そこに居る者ができる限りを捧げなければならない。そういう時があるものです。
 わたしたちには理解できない速さで物事が動く時、そこには神様のご計画が働いているのです。わたしたちは何もできないのではなく、神様のお創りになる大きな流れの中の、必要な一人です。そこを信じ切れるかどうかで、起こったことに対して感じることが全然違ってきます。試練から逃げることばかりを考えてつぶやき続けるか、試練を受けて立ち、その場でできることに取り組むか。
ローマの信徒への手紙8章28節。『神を愛する者たち、つまりご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。』この手紙は、パウロが第3次伝道旅行を終えてエルサレムに帰ろうとした時に、船が出ずコリントに足止めされた時に書かれたものです。先を予見していたような言葉です。わたしたちも間違いなく「ご計画に従って召された者」です。信じて歩みましょう。