最後まで耐え忍ぶ者は救われる

マルコによる福音書13章5~13節

 本日の箇所には、弟子達の身にこれから起きる出来事が記されています。世の終りの前兆であるいくつかの出来事、そして弟子達が議会に引き渡され、会堂で鞭打たれ、総督や王たちの前にたたされる事等です。「・・・しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」(13節)と主イエスは断言しております。受ける迫害は宗教的な指導者たちや国家権力者達、しかも家族などあらゆる者から、と記されているように、未来に待っている状況は非常に厳しいものでした。
 この迫害を通して証しする事となり、福音があらゆる民族に宣べ伝えられる為でした。「しかし、まず、福音があらゆる民に宣べ伝えられねばならない。」(10節)この事は主イエスが十字架にお架かりになると同じ位、どうしても必要な事でした。あらゆる民族の救いがかかっているからです。
 しかし、この時の弟子達は証しをし、福音を宣べ伝え、耐え忍べるような者ではありませんでした。数日後主イエスが捕えられた時には、見捨てて逃げ出したような者です、ペトロは主イエスを3度も知らないと裏切りました。「しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22:32)彼らが耐え忍ぶ事ができるように変えられたのは、主イエスの祈りです。最後まで耐え忍ぶ力は私達にあるのではなく、神によってです。主イエスが祈ってくださらなければ、神の恵みがなければ、何の力もない私達です。「主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストの交わりに招き入れられたのです。」(Ⅰコリント1:8~9)。何という憐れみと恵みでしょうか。
 語るべき言葉も同様に「・・・そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話しするのはあなたがたではなく、聖霊なのだ。」(11節)と、聖霊が導いてくださいますから心配しなくても大丈夫です。ルカ21:14では、「・・・どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。」と記されています。福音宣教は神の業ですから、言葉は神ご自身が備えてくださいますから、信頼してお委ねしてけるのです。そうして耐え忍ぶ者と変えられていく事に期待する私達です。