神の御心を深く知るように

使徒行言録16章6~10節

 人は様々な計画を立てますが、実際は行き詰まりと挫折の連続のように思います。しかし、後になって神の御心だった事を確信し、感謝できるのが信仰者の歩みではないでしょうか。「人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩備えてくださる。」(箴言16:9)
 伝道者パウロは世界伝道に福音を宣べ伝える大きな役割を果たしましたが、計画通りに達成した訳ではありません。2回目の伝道旅行では「・・・御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので・・・イエスの霊が許さなかった・・・それで、ミシア地方を取ってトロアスに降った。」(6~8節)と、伝道の拠点となる良い条件だった南のエフェソも北のニコメディアにも行く事を、ことごとく禁じられ、やむなく西へと向かう事になりました。しかし「その夜、パウロは幻を見た・・・わたしたちを助けてください」(9節)と、思いもよらずマケドニア人の叫びを聞き、マケドニアに出発した事によって、福音が初めてヨーロッパへと伝えられ、世界へと発展していきました。祈って計画した事でも止められる事もありますが、神を信頼して従って行く時、神の御業は必ずなされます。
 旧約時代のイスラエルの民がエジプトを脱出する時、神は昼は雲の柱となり、夜は火の柱となって伴って導かれました。彼らは主の御旨に従い、雲が一か月でもそこに留まるなら留まり続け、ある時は一日にも満たないでその場を出発しました(民数記9:15~23)。神を信頼し御心に従う歩みです。
 この世で神の民として歩むという事は、神の御心・導きに従う生き方、つまり霊的な訓練をいつも受けている私達です。神の御心を知ることは重要であると同時にそう簡単には分かりません。それは単なる頭の理解ではなく、上からの聖霊によって分かる事です。その為に神の前に静まること、神の御言葉と祈りに心を捧げていくこと、つまりデボーションが必要となります。一日の初めに神の御前に出て神と交わり命の糧を受け、神の霊に満たされて立ち上がるならば、小さな成功や不成功に一喜一憂しなくなり、この世に翻弄されない人生を歩ませて頂けます。日常生活で何が神の御旨であるか、今、私の内に何が宿っているのか、何に支配されているかを点検して頂き、聖霊に充たされる事を願い、信じて神の御心を悟る者とさせて頂きたいです。「静かにしているなら・・・安らかに信頼していることにこそ力がある・・・」(イザヤ30:15~16)