喜び溢れる人々

マタイによる福音書2章1~12節

 「学者たちはその星を見て喜びにあふれた」(10節)星に導かれて救い主イエス・キリストに出会い、喜びあふれて礼拝をお献げしたのは占星術の学者達でした。彼らは聖書では迷信とされ禁じられていた星占い師であり、又、異教徒の人々です。そのように当時のユダヤ社会では受け入れられない人々が神と出会う事等想像もできない事柄でした。神は全ての人を心にかけてくださり、ご自身を求める者に救いを与えられる方です。イエス・キリストのご降誕による恵みは、このように民族の壁を越えて全ての人々に与えられたもので、更に現代の全世界中の人々にも届け続けられています。
 イエス様を「ユダヤ人の王」(2節)と呼んでいますが、武力や権力で従わせしょうとする王とは違います。「…イスラエルの牧者」(6節)と譬えられているように、この世で行き先を見失って迷える人間を正しい道に導く為に十字架にお架かりになり、その命をささげてまで私達を愛してくださる王です。
 しかしこの喜ばしい王の御誕生を喜ぶ事が出来ずに、不安と恐怖に苛まれていたヘロデ王と、エルサレムの人々の姿があります(3節)。それぞれ理由は異なりますが共通点は、自分達の今の立場を守ろうとする事でした。占星術の学者たちとヘロデたちの姿は、私達の心の内にある二つの態度を象徴しているように見えます。希望の源、罪から救い出してくださるイエス様を追い続けようとする心と、今の自分を守る事に必死でイエス様に背を向けようとする心、この二つの面を持っていると言えるのではないでしょうか。
 イエス様を求めさえすれば、私達にも占星術の学者の如くにそれぞれに相応しい方法で神の導きが必ずあります。2013年を歩むにあたり、今の自分を守るのに必死になって不安に怯える者としてではなく、神に出会い前方に輝く無限大の祝福に与らせる者とさせて頂きたいものです。
 「…彼らはひれ伏して幼子を拝み…別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。」(11~12節)神と出会った者は礼拝する神の民とさせて頂き、今迄の自分の歩みとは全く違う歩みをします。教会において私達は週毎に礼拝をおささげしてイエス・キリストの喜ばしい知らせ=福音をお聴きします。神の御言葉が生きる指針となって新らしく造り変えられて、それぞれの場へと戻って行きます。来た時と何も変わらず同じ道を辿るような歩みを続けるのではなく、喜び溢れて別の道を通ってそれぞれの場へと帰って行く私達です。