今は我慢の時

コロナウイルスの影響で、
礼拝をはじめ、様々な集まりを休止しています。
礼拝の休止は、本当につらい。
週に一回のこの時を、「楽しみにしている」とか、「大切にしている」とか、そういうレベルを超えて、「生活になっている」という方もおられます。
そういう方に「礼拝は休会します」というのは、牧師として、何とも切ない気持ちです。
もちろん教会学校や中高科のジュニア礼拝も休会。
特に中高科では、ここでしか会えない友だちもいるわけで、がっかりしているであろう子どもたちの顔が、目に浮かびます。
でも、現状を見れば仕方のないこと。
文句を言いながら、ではなく、協力しよう!我慢しよう!という気持ちで、祈っていかなければ、と思います。
そして、それならば、今何ができるかを考えて、実行していかないと、とも思います。
「先が見えない」と言いますが、なに、先が見えないと言うなら、何だってそうです。
クリスチャンは、今、ここ、私、に集中することを、聖書から教えられているはず。
神さまが、この世界的な危機から、わたしたちに何を教え、何を期待し、どう救い出してくださるか、信頼し委ねて、今できることを丁寧に!
澤田直子

見えない敵。

3月もそろそろ終わりですね。
今、何しろ、新型コロナウイルスですよ!
緊急でない集会の自粛。
小松川教会は、主日礼拝の出席者が100名に届くかどうか。
ビミョーな数字です。
が、消毒・手洗い・換気に気を付けて、礼拝は中止しない方向です。
委員会やその他の集会は短時間にしたり、メール開催で行います。
附属保育園では、卒園式・入園式をどうしましょう、という頭の痛い問題が。
白百合保育園では、全員で送り出し全員で迎える、という、わたしも大好きな式だったのですが、やはり安全を考えて、年長組とその親と先生方の出席の卒園式になりました。
思い起こせば9年前、栃木県にいたわたしたちは、あの東北大震災で、教会の壁が崩れ落ちるという大変な中を通りました。
でも、壁が落ちたことよりも、ガソリンがなかったことよりも、一番心が痛かったのは放射能の問題。
風の向きで、県北にはホットスポットがあったし、幼稚園の庭の土は大丈夫なのか、心配し始めるときりがありませんでした。
結果的には、放射能の汚染を恐れて、三家族くらいが引っ越したと記憶しています。
「見えない敵」の方がずっと怖い。
信仰の問題でも心の問題でも同じだなあ、と思います。
イエス様は、「敵のために祝福を祈りなさい」と言われました。
まさか新型コロナウイルスの祝福を祈りはしませんが、なぜ、このウイルスが人間の中に入り込んで来たのかを
考えると、ウイルスだ=悪だ=やっつけろ!的な、簡単な話ではないような気がします。
そして、いつ自分が保菌者になるかもわからないし、誰からうつるか、誰にうつしてしまうかもわからないって、何だか自分の罪の問題と同じだよなあ、とため息が出ます。
「祈る」ことを知っているのが、本当に恵みです。
どんな進み方をするにしろ、心は高くあげようね!
澤田直子

二度あることは…

受験の季節です。
栃木にいた時に中学生だった子どもたちが、
もう大学受験。
一緒に上京していたお母さんが、相次いで
小松川教会に会いに来てくれました。
懐かしい!!!!
そうか、江戸川に来てもう丸4年経っているんだなあ。
わたしの子どもたちが卒園した幼稚園も、
立て替えとなり、わたしが洗礼を受けた教会堂も
取り壊されました。
でも昭和40年代に建てられた建物で、
大きな地震で壁も落ちたりして、いつどうなるか心配だったので、
淋しさを感じながらも、ちょっとホッとしたり。
形のあるものは、いつかなくなります。
命のあるものは、絶えず変化します。
さてさて、その週の内に、今度は
わたしたちがいた頃に牧師館に入り浸って、
ご近所のお店では三男だと思われていた男の子から
(もうとっくに成人していますけど)武師に電話が!
わたしたちが東京に来てから、
彼については、人の話ではいろいろ聞いていましたが、
ご本人とは音信不通でした。
元気で何とかやっている的な報告を聞けて、
地元の教会にも時々行っているというので、
まあ良かったな、と。
武先生は「二度あることは三度ある、だな」と
ちょっと驚いていました。
①、②は受験の季節だから、ありそうと言えばありそう。
でも③は全く予想外、想定外でした。
牧師が転任したら、前任地の方々とは
あえてあまり親しくしないのがマナーだと思います。
それでもやっぱり、いつも祈っているし、会えれば嬉しい。
季節柄、神様からのお年玉だったかな?
(ちょっと遅い。旧正月か・・・)
澤田直子

もう1月が終わってしまう件について

ふと気づいたら、もう、2020年が一か月過ぎようとしている・・・
なんなんだ、これは。
12月、クリスマス礼拝があって、同じ週にクリスマスイヴ礼拝があって。
次の日曜日は「年末感謝礼拝」その週に「元旦礼拝」
1月1日の午後には、東支区の「新年礼拝」
2日には教派の「新年聖会」と、牧師には、
年末年始のお休みなんてものはありません。
それにしたって、1か月経つのが速すぎる。
しかーし!
25年前に入院していた時に、わたしは悟ったのです。
1日があっというま、一週間が瞬く間、というのは幸せな事!
だから文句は言いません。(言ってるけど)
そして、その入院中に祈りました。
家族のために毎日食事を作れるとは、何と幸せなことか。
神様、どうか家に帰して、夫と子どもたちにご飯を作らせてください。
元気になって家に帰ったら、食事作りに二度と文句は言わないぞ、
感謝してつくるぞ、と固く決心したのでした。(言ってるけどね)
あちこちで、新しい年に、新年の抱負、というのを聞かれました。
わたし(直子)は「出し惜しみはしない、今日が最後」
ちなみに、夫(武)の2020年の抱負は
「一年の計は元旦にあり」というのを三日坊主にしない、
ということだったそうですが・・・
「じゃ、一年の計は何なの?」と聞いたら、
「えーと・・・何だっけなあ」・・・まず「計」がどっか行っちゃった。
こんな危なげなわたしたちですが、2020年も仲良く
神と人に仕えて行きたいと願っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
澤田直子

クリスマスは「クルシミマス」?

アドヴェントに入りました。
カトリックもプロテスタントも関係なく、
キリスト教会では、この時期、
片方では、信仰を新たに、丁寧に祈り準備を重ね、
その一方で、世の人々にもなじみのある「クリスマス」を
上手に利用して、福音伝道を一歩でも進めたい、と考えます。
確かに、小松川教会でも、クリスマスイヴ礼拝がきっかけになった信徒さんがおられます。
そこまでいかなくても、教会の外の掲示板にクリスマスリースを飾り、
クリスマスツリーに電飾を入れると、通りがかりにしげしげと見てくださる方も
けっこう多くなります。ついでに案内チラシを持って行ってもらえるとなお嬉しい。
というわけで、教会はアドヴェントに入ると本当に忙しいのです。
クリスマス礼拝で受洗する方がいたりすると、その準備も”ウレシ大変”
小松川教会、浸礼ですので、お湯の温度も心配です。
受洗者がご年配の方だと、なお心配。温度計と首っ引きです。
この季節、いつも思い浮かぶことがあります。
あるクリスマスイヴの日、いろいろな都合が重なって奉仕者が来られなくなり、
わたし一人で、イヴ礼拝の準備をすることになりました。
会堂を掃除して、重いパイプ椅子を運び込んで並べ、
時間を見計らってサンドウィッチを取りに行き、お皿に並べ、
プログラムを並べ、子ども用のペンライトの電池を確認し、
手持ち用のキャンドルも作りました。(その当時は本物のろうそくを使っていました)
とても寒い日でしたが、一人なので暖房も使いづらく、
白い息を吐きながら、時計とにらめっこしながら、
あれを出したりこれを引っ込めたり、忙しく働いているうちに、
何だか切なくなってしまいました。
子ども二人はまだ小さかったので、家でお留守番。
本当なら、クリスチャンの母と一緒に、クリスマスの用意をして、
わくわくしながらも、クリスマスの本当の意味を話したりして。
わたしは、自分の一番大切な子どもたちをほっぽり投げて、
何をやっているんだろう。
でも落ち込んでいる場合じゃない、イヴ礼拝の開始時刻はどんどん迫ります。
その時、はた!と思い当たりました。
クリスマスの夜って、当事者にとっては、
おめでとうどころじゃない、本当に本当に、大変な夜だったのです。
赤ちゃんが生まれそうなマリア、何とか泊まるところを探したいヨセフ。
誰も助けてくれない、いったいどうしたらいいか途方に暮れて、
それでもその時の最善を尽くそうとした二人。
羊飼いだって、一日の仕事を終えて疲れ切って、
焚火を囲んで、うつらうつらしている時に天の大軍が来ちゃったのですから、
まずは驚く以外にどうしようもなかったでしょう。
そんなことを考え出したら、
あれ、このクリスマスは、ものすごくリアルなクリスマスなのでは?
と気が付きました。だからといって急に元気が出たわけでも
なかったのですが。
ところで。保育園ではこの時期、何と言ってもページェントです。
2歳児は「宿屋さん」役です。ふり付きで、
「どこのお部屋もいっぱいですよ、となりの宿屋へ行ってください」と
セリフを言って、3軒めで「うまごやならばあいています」なのですが。
どうも、子どもたち、マリアとヨセフを泊めてあげたい気持ちが強いようで、
主任の先生が「じゃあ、先生がマリアさんの言葉を言うからね」と練習させようとしたら、
1軒めでいきなり「さあさあどうぞ、お入りください」となっちゃった。
そうだよねー、ほんとは泊めてあげたいんだよね。と、
笑いながらもちょっとしんみりしちゃったのでした。
澤田直子

「祈る」ということ

別に何かの信仰を持っていなくても、
「健康をお祈りします」とか
「お二人のお幸せをお祈りします」って
いいますよね。
キリスト教プロテスタントは、
基本的に自由祈祷です。祈祷文は使いません。
公の祈りの時には、原稿を作る方もいます。
密室の祈りの時には、順番も何もなく、好きなように祈ります。
でも、そこで大切なのが「誰に向かって祈るの?」ということ。
必ず「天の父なる神様」とか「天のおとうさま」とか、
ご年配の方は「恵みと憐みに富たもうイエスキリストの父なる御神様」などなど、
呼びかけの言葉から祈りが始まります。
そういうクリスチャンから見ると、
神社やお寺で手を合わせている人が、
誰に向かって祈っているかをわかっているのか、
ちょっと不思議に思います。
わたしの生まれ故郷には、結構大きい神社がありまして、
初詣なんかはそれはもう大変な賑わいです。
露店も沢山出ているし、お御籤やお札、破魔矢、お守りなど
いろいろと売っています。が。
この神社で祀っているのはたしか、五穀豊穣の神様だったと思います。
なのに、交通安全とか、恋愛成就とか、安産祈願(これはアリか?)の
お守りって・・・皆さん楽しそうで嬉しそうで、それでいいといえばいいのでしょうが。
それとも神社ってそういうものなのかなあ。
聖書の神様は唯一絶対の神様です。
全知全能、すべてをお創りになり、支配される神様。
そういうお方に祈るのですから、あまりお気軽には祈れない、と
思うこともあります。
一方で、父よ、と呼びかけることをお許しになる神様だから、
もっと近づいてもいいんですか?と思うことも。
牧師になって早16年、今頃こんなことを言っていていいのでしょうか???
でも、わたしは神社に神様がいて願いをかなえてくださるとは
思っていないけれど、たとえば家族の病気のためにとか、
難しい試験のために、一心に祈る人の心には嘘はないよね、とも思うのです。
世の中には、わかればわかるほど、わからなくなるものがありますね。
澤田直子

台風19号

何という大きな台風だったことでしょう!19号。
江戸川区はほとんどがゼロメートル地帯ですし、
ハザードマップには「ここにいてはダメです!」とあるくらい、
水害に弱いところです。
12日、保育園のうんどうあそびの予定でしたが、
さすがに、前日に中止を決めました。
朝から、大きな被害が出ませんように、と祈りつつ、
マンションの窓から双眼鏡で荒川を眺めつつ、
できるだけの準備をしました。
結果的には水は来なかった。
でも14日に用事があって埼玉県に行く時に、
首都高から見ると、河川敷グラウンドが水浸しになっていて、
すごかったんだなあ、と改めて驚きました。
荒川は氾濫しなかったけれど、それはもしかしたら
上流の方で、あるいは流れ込む小さな川で、
氾濫があったから、本流まで水が来なかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、やっぱり、祈ることしかできませんでした。
わたしの母は宇都宮市に住んでいますが、
山の上なので、水の心配はありません。
夫、武師の実家は、昔は「水深」と言われたくらいで、
よく床下浸水があったようですが、今回は大丈夫だったそうです。
その、境目は何なんだろう。
人間の無力さや、自然の力の大きさについて、
いろいろと考えさせられました。
これから、多方面で復興に向けて、募金やボランティアなどの
動きが出てくるでしょう。
これから、ここから、何ができるか、考えています。
わたしの知らないところでも、きっと
無事でありますように、と祈ってくださった方々が
おられたでしょう。感謝しつつ。
澤田直子

オープンチャーチ顛末記

9月29日、オープンチャーチ第1弾が無事終わりました。
第2弾は10月5・6日、藤井圭子先生をゲストにお呼びします。
昨年から始めて、2回目でしたから、
だいぶ肩の力も抜けて、奉仕してくださった皆さんも
楽しめたのではなかろうか、と。
近隣の方や、家族に、とりあえず教会に足を踏み入れてほしい!
という目的は、まずまず達成されたかと思います。
教会学校の子どもたちが、自分の友だちを誘ってくれたり、
近くのマンションにお住いの方が誘い合って来てくださいました。
わたしは、今回はゴスペルクワイアに参加しました。
さてさて、牧師がゴスペル???と言われるかも、と思いきや、
「センセ、かっこよかったよ~」なんて言われて、
ほっとしました。
何せ、ゴスペルの練習は土曜日だし。
小松川教会、お堅いので、「牧師が!土曜日に!」なんて
思う方もいるかもしれないし、とビクビクしている部分もありまして。
でも今回、皆の前で歌っちゃったので、
ちょっと開き直れました。
そして、リハーサルで、先生に「深く歌って!」と何度も言われたことが
心に残りました。
わたし、見栄っ張りなところがあって、
何でも小ぎれいに済ませたいんですよね。
できなかったら嫌だなあ、と臆病になってしまう。
ああ、それでは、表現にはならないんだなあ、と
今更のように教えられました。
何でも、現実にやってみないとわからないことってあるものですね。
・・・次の日、声がスカスカだった・・・
澤田直子

年長のはこぶねクラス、稲刈りをする

昨年から、年長の子どもたちのスペシャル行事、
「田んぼあそび遠足」が行われています。
園長先生の郷里で、ご友人が、所有する田んぼの一角を
子どもたちのために使わせてくださっています。
子どもたちは、どろどろになってもいい靴をはき、
着替え一式持って、
大型バスで田んぼまで行き、
春には田植え、秋には稲刈り、
その他いろいろなお楽しみがあるわけですが、
疲れて汚れて、満足して帰ってきます。
何十年か前だったら、そんなことの何が御楽しみなの?
というような、日本人には見慣れた風景であったはずの
「田植え」と「稲刈り」ですが、
2019年の東京江戸川区在住の5歳児にとっては
得難い経験です。
行った先の田んぼでは、土地のお年寄りの皆さんが
あれこれと面倒をみてくださるようで、
そんなふうに、初めて会う人に親切にされたり
行くだけで喜んでもらえる、これも
子どもたちにとっての素晴らしい経験ですね。
稲穂と、脱穀前の稲と玄米と白米。
それが口に入るにはもうひと手間。
あらためて、お米を食べる、ということを
しみじみと思いめぐらしたことでした。
ちなみに20年くらい前に、うちの息子も小学校で
田んぼ体験をして、バケツで稲を育て、豊作でしたが・・・
きれいさっぱり、すずめに食べられました。
心優しい息子は「すずめレストランだ」と喜んでいました。
澤田直子

親業の話

わたしは、牧師になる前から
親業講座の講師資格を持っていたので、
牧師になってからもずーっと、親業講座を続けています。
東京に来てからも細々と。
でもやっぱり、保育園のお母さん方は忙しいし、
わたしの方も新しい環境の中であたふたしていたので、
こちらから宣伝してまで講座を開かなくてもいいかなあ、
なんて気持ちでおりまして。
しかし去年あたりから、「これでいいのか?」と思って、
いただいている賜物が用いられますように、と祈ってきました。
祈りは必ずきかれるものですが、
わたしの場合は、教会の外で、他の教会や
他の教会附属施設に招かれる、という形で実現しました。
ここからが本論なんですが。
「親業」の大切な理念は、「親」を学んで実践する、ということ。
そうでないと、子どもがちゃんと「子ども」をできない。
わたし自身も、子どもをやり切れていない部分があったので、
段階を踏まないで大人にはなれない、ということは身にしみています。
中学生高校生になって、何か問題を抱える子は、
ちゃんと「子ども」をやってこなかったケースが多いのです。
今、あちこちで聞くところの、
中高年や老人と言われる年齢になってなお、
問題を引き起こす人たちも、同じかもしれません。
都会で、少子化もあって、どうしても
子どもたちは、一から十まで大人に丸見えです。
子どもならではのわがままやごちゃごちゃを
出せなくなっているように見えます。
あるいは、子育て丸投げで、塾や習い事を転々と
していくうちに大きくなってしまうこともありますね。
子どもが腰を据えて「子ども」を生きる。
当たり前のことなのに、大人の都合でそれが難しい。
さてさて、このブログを読んでくださったあなたは、
ちゃんと「子ども」をやり切って大人になったヒトですか?
それとも、子どもの時からオトナであることを
要求されてきたヒトでしょうか?
全ての子どもたち、
全ての、かつて子どもだった人たちが、
自分を好きでいられますように。
澤田直子