「祈る」ということ

別に何かの信仰を持っていなくても、
「健康をお祈りします」とか
「お二人のお幸せをお祈りします」って
いいますよね。
キリスト教プロテスタントは、
基本的に自由祈祷です。祈祷文は使いません。
公の祈りの時には、原稿を作る方もいます。
密室の祈りの時には、順番も何もなく、好きなように祈ります。
でも、そこで大切なのが「誰に向かって祈るの?」ということ。
必ず「天の父なる神様」とか「天のおとうさま」とか、
ご年配の方は「恵みと憐みに富たもうイエスキリストの父なる御神様」などなど、
呼びかけの言葉から祈りが始まります。
そういうクリスチャンから見ると、
神社やお寺で手を合わせている人が、
誰に向かって祈っているかをわかっているのか、
ちょっと不思議に思います。
わたしの生まれ故郷には、結構大きい神社がありまして、
初詣なんかはそれはもう大変な賑わいです。
露店も沢山出ているし、お御籤やお札、破魔矢、お守りなど
いろいろと売っています。が。
この神社で祀っているのはたしか、五穀豊穣の神様だったと思います。
なのに、交通安全とか、恋愛成就とか、安産祈願(これはアリか?)の
お守りって・・・皆さん楽しそうで嬉しそうで、それでいいといえばいいのでしょうが。
それとも神社ってそういうものなのかなあ。
聖書の神様は唯一絶対の神様です。
全知全能、すべてをお創りになり、支配される神様。
そういうお方に祈るのですから、あまりお気軽には祈れない、と
思うこともあります。
一方で、父よ、と呼びかけることをお許しになる神様だから、
もっと近づいてもいいんですか?と思うことも。
牧師になって早16年、今頃こんなことを言っていていいのでしょうか???
でも、わたしは神社に神様がいて願いをかなえてくださるとは
思っていないけれど、たとえば家族の病気のためにとか、
難しい試験のために、一心に祈る人の心には嘘はないよね、とも思うのです。
世の中には、わかればわかるほど、わからなくなるものがありますね。
澤田直子

台風19号

何という大きな台風だったことでしょう!19号。
江戸川区はほとんどがゼロメートル地帯ですし、
ハザードマップには「ここにいてはダメです!」とあるくらい、
水害に弱いところです。
12日、保育園のうんどうあそびの予定でしたが、
さすがに、前日に中止を決めました。
朝から、大きな被害が出ませんように、と祈りつつ、
マンションの窓から双眼鏡で荒川を眺めつつ、
できるだけの準備をしました。
結果的には水は来なかった。
でも14日に用事があって埼玉県に行く時に、
首都高から見ると、河川敷グラウンドが水浸しになっていて、
すごかったんだなあ、と改めて驚きました。
荒川は氾濫しなかったけれど、それはもしかしたら
上流の方で、あるいは流れ込む小さな川で、
氾濫があったから、本流まで水が来なかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、やっぱり、祈ることしかできませんでした。
わたしの母は宇都宮市に住んでいますが、
山の上なので、水の心配はありません。
夫、武師の実家は、昔は「水深」と言われたくらいで、
よく床下浸水があったようですが、今回は大丈夫だったそうです。
その、境目は何なんだろう。
人間の無力さや、自然の力の大きさについて、
いろいろと考えさせられました。
これから、多方面で復興に向けて、募金やボランティアなどの
動きが出てくるでしょう。
これから、ここから、何ができるか、考えています。
わたしの知らないところでも、きっと
無事でありますように、と祈ってくださった方々が
おられたでしょう。感謝しつつ。
澤田直子

オープンチャーチ顛末記

9月29日、オープンチャーチ第1弾が無事終わりました。
第2弾は10月5・6日、藤井圭子先生をゲストにお呼びします。
昨年から始めて、2回目でしたから、
だいぶ肩の力も抜けて、奉仕してくださった皆さんも
楽しめたのではなかろうか、と。
近隣の方や、家族に、とりあえず教会に足を踏み入れてほしい!
という目的は、まずまず達成されたかと思います。
教会学校の子どもたちが、自分の友だちを誘ってくれたり、
近くのマンションにお住いの方が誘い合って来てくださいました。
わたしは、今回はゴスペルクワイアに参加しました。
さてさて、牧師がゴスペル???と言われるかも、と思いきや、
「センセ、かっこよかったよ~」なんて言われて、
ほっとしました。
何せ、ゴスペルの練習は土曜日だし。
小松川教会、お堅いので、「牧師が!土曜日に!」なんて
思う方もいるかもしれないし、とビクビクしている部分もありまして。
でも今回、皆の前で歌っちゃったので、
ちょっと開き直れました。
そして、リハーサルで、先生に「深く歌って!」と何度も言われたことが
心に残りました。
わたし、見栄っ張りなところがあって、
何でも小ぎれいに済ませたいんですよね。
できなかったら嫌だなあ、と臆病になってしまう。
ああ、それでは、表現にはならないんだなあ、と
今更のように教えられました。
何でも、現実にやってみないとわからないことってあるものですね。
・・・次の日、声がスカスカだった・・・
澤田直子

年長のはこぶねクラス、稲刈りをする

昨年から、年長の子どもたちのスペシャル行事、
「田んぼあそび遠足」が行われています。
園長先生の郷里で、ご友人が、所有する田んぼの一角を
子どもたちのために使わせてくださっています。
子どもたちは、どろどろになってもいい靴をはき、
着替え一式持って、
大型バスで田んぼまで行き、
春には田植え、秋には稲刈り、
その他いろいろなお楽しみがあるわけですが、
疲れて汚れて、満足して帰ってきます。
何十年か前だったら、そんなことの何が御楽しみなの?
というような、日本人には見慣れた風景であったはずの
「田植え」と「稲刈り」ですが、
2019年の東京江戸川区在住の5歳児にとっては
得難い経験です。
行った先の田んぼでは、土地のお年寄りの皆さんが
あれこれと面倒をみてくださるようで、
そんなふうに、初めて会う人に親切にされたり
行くだけで喜んでもらえる、これも
子どもたちにとっての素晴らしい経験ですね。
稲穂と、脱穀前の稲と玄米と白米。
それが口に入るにはもうひと手間。
あらためて、お米を食べる、ということを
しみじみと思いめぐらしたことでした。
ちなみに20年くらい前に、うちの息子も小学校で
田んぼ体験をして、バケツで稲を育て、豊作でしたが・・・
きれいさっぱり、すずめに食べられました。
心優しい息子は「すずめレストランだ」と喜んでいました。
澤田直子

親業の話

わたしは、牧師になる前から
親業講座の講師資格を持っていたので、
牧師になってからもずーっと、親業講座を続けています。
東京に来てからも細々と。
でもやっぱり、保育園のお母さん方は忙しいし、
わたしの方も新しい環境の中であたふたしていたので、
こちらから宣伝してまで講座を開かなくてもいいかなあ、
なんて気持ちでおりまして。
しかし去年あたりから、「これでいいのか?」と思って、
いただいている賜物が用いられますように、と祈ってきました。
祈りは必ずきかれるものですが、
わたしの場合は、教会の外で、他の教会や
他の教会附属施設に招かれる、という形で実現しました。
ここからが本論なんですが。
「親業」の大切な理念は、「親」を学んで実践する、ということ。
そうでないと、子どもがちゃんと「子ども」をできない。
わたし自身も、子どもをやり切れていない部分があったので、
段階を踏まないで大人にはなれない、ということは身にしみています。
中学生高校生になって、何か問題を抱える子は、
ちゃんと「子ども」をやってこなかったケースが多いのです。
今、あちこちで聞くところの、
中高年や老人と言われる年齢になってなお、
問題を引き起こす人たちも、同じかもしれません。
都会で、少子化もあって、どうしても
子どもたちは、一から十まで大人に丸見えです。
子どもならではのわがままやごちゃごちゃを
出せなくなっているように見えます。
あるいは、子育て丸投げで、塾や習い事を転々と
していくうちに大きくなってしまうこともありますね。
子どもが腰を据えて「子ども」を生きる。
当たり前のことなのに、大人の都合でそれが難しい。
さてさて、このブログを読んでくださったあなたは、
ちゃんと「子ども」をやり切って大人になったヒトですか?
それとも、子どもの時からオトナであることを
要求されてきたヒトでしょうか?
全ての子どもたち、
全ての、かつて子どもだった人たちが、
自分を好きでいられますように。
澤田直子

来年の心配

来年はとうとう、東京オリンピックでございます。
残り1年を切ってますね。
今年の、梅雨明けからの猛暑で、
「これ、来年大丈夫なの???」と、
皆さん心配されたことでしょう。
わたしも、誘致の時から
「無理でしょ、暑いでしょ、選手も観客も命がけになるよ~」と
言い続けているのですが、そりゃまあ、
ワタシごときが言ったって決まるものは決まるわな。
わたしは高校生の頃からけっこうな頭痛もちで、
特に冷房に弱いので、電車でもできるだけ4号車(弱冷房車)、
家でもなるべく冷房を使わない方針でしたが、
さすがに35度を超えると、危険を感じます。
昨晩(8月23日)は、窓を開けたらまあまあな感じだったので、
そのまま冷房をつけないで寝ようとしたのですが・・・
1時間後、「こりゃだめだな」と起きてリモコンを捜していたら、
隣の部屋から、もうとっくに寝付いたと思っていた息子の声が
「うん、こりゃだめだな」と。(間のふすまは開けっ放し)
やっぱり、睡眠不足ではろくなことになりませんから。
でも、考えてみれば、人間の住んでいるところって、
寒いところは零下30℃とか40℃とか、
暑い地域では50℃なんてところもあるわけで、
「人間、すごいなあ」と思います。
昔々、夜でも30℃を超えるスペインはバルセロナで、
アラブ人の若者が「寒い寒い」と
セーターを着こんでいたことなど思い出したり。
彼の故郷では、夏の昼間は外には出ない。
日当たりが悪い家ほど家賃が高い。
・・・だそうでした。
とはいえ、もう8月も終わりに近づき、
さすがに朝夕は25℃を切る日もでてきました。
もう一息です。
皆さんの健康が守られますように。
澤田直子

行って来ました、ユースバイブルキャンプ

7月29日月曜日から、3泊4日で、
ホーリネスの群首都圏ユースバイブルキャンプが
開催されました。
場所は「日光オリーブの里」
わたしたちは、宇都宮上町教会時代から、
できる限り参加するようにしています。
一週間の内4日間留守にするのは大変です。
帰ってからがきつい、きつい。
でも、牧師が行かないと、教会から参加する子たちが
どんどん、どんどん、減っていくのです。
信徒時代にそれを思い知っているので、
何とかして、どこか1泊でも行けるように心がけています。
今年は、日程が少し早かったので、
学生の参加者が少なかった。残念でした。
この時期だと大学生はもろに前期試験の真っ最中。
そして肝心の中高生も、
夏休みには入っているものの、
部活や塾の合宿とぶつかることが多い時期。
日光オリーブの里は、とても人気のある施設なので、
希望の日程が取りにくいのは
仕方ない面もあるのですが。
今回一緒になった団体は、
三世代参加みたいな年齢構成で、
小さな子どもを連れたファミリーと、
その、ひと世代上の方々、という感じでした。
学齢期、特に中高生はいなかったな。
それでも、大人にとっても、
聖書づけ、賛美づけで過ごす3泊4日は
とても恵まれた時間でした。
ただ、同年代の牧師と話し合ったことは・・・
「イマドキの賛美は難しい!長い!ついていけない!!!」
息子さんが音大院生の牧師は
「ワタシはかろうじてついていけていますが・・・」とにんまり。
最後の礼拝の最後の賛美に、
「鹿のように」をリクエストした牧師がいて、
若い人たちも応えてくれて、
やっとこさ、全員が歌える賛美にたどりついたのでした。(笑)
来年は、オリンピックの閉会式の次の日から、
同じ場所でキャンプです。
大勢の子が集まれるといいなあ。
そして、わが小松川教会からもぜひとも!
澤田直子

冷夏・25年前

梅雨が明けませんね。
わたしが覚えている限り、こんなに涼しい夏は
わたしの生涯で3回目。
と、いうことは、20年に1回くらいは冷夏が来るのか?
1回目は45年くらい?前で、たぶん小学生高学年か、中学生か、
とにかく梅雨明けが遅くて、夏休みに入っても涼しかった。
よく覚えているのが、その年の9月1日に台風が来て、
その日からまた涼しくなってしまったこと。
2回目は忘れもしない1993年。
次男を妊娠中で、切迫早産で緊急入院しました。
当時住んでいた町でも1、2をあらそうような大きな病院でしたが、
寒い夏のせいか、入院している人が多くて、
ベッドの空きがなかった。
廊下で一晩すごし、次の日に、「会議室」を空けてもらって
そこに入院しました。
あの年は、早産で未熟児で生まれた子どもが多かったそうです。
それから、お米が取れなくて、外米を輸入しましたね。
国産米と外米と抱き合わせでないと買えないので、
「日本のお米でないと食べられない」という方々から、
ずいぶん外米をいただきました。
ちょっと工夫すれば美味しく食べられるのになあ、と
せっせとピラフやパエリャを作った覚えがあります。
カレーにもよく合いましたよ。
どうにもならないなあ、と思ったのはおにぎりくらいで、
日本のおかずと合わせてもそんなに変ではなかったような。
さいわい、うちの男衆は食べ物にこだわりがなく、
夫も長男も美味しいと食べてくれましたので、
食費がずいぶん助かりました。
明らかな異常気象ですね。
何だか、地球が人類を減らそうとしているみたいに感じます。
自然の力の前に、無力だなあ、と思います。
でも、よく考えてみると、そもそもわたしは無力なんです。
病気の人に対しても、家族をなくして悲しむ人に対しても、
受験に挑む人にも、困難な仕事に挑戦する人にも、
何ができるわけじゃない。祈るだけです。
保育園で、小さな子どもが泣いていても、
せいぜい抱っこするとか、背中をなぜるくらいが精いっぱい。
思えば26年前の夏も、結局2か月近く早産してしまい、
ただ祈ることしかできなかった。(それさえあやしかった)
さてさて、今年はお米はできるのでしょうか。
農家の方々は気が気ではないでしょうね。
宮沢賢治の「サムサノナツハオロオロアルキ・・・」を思います。
澤田直子

行って来ました福井県

6月23日~24日と、福井県福井市の如鷲教会に
招かれて行ってまいりました。
前日土曜日の午後に東京を出て、
電車に乗っている時間だけでだいたい4時間弱。
米原までは新幹線で、そこからは「しらさぎ」で。
23日の日曜日は、教会学校の礼拝に出て、
主日礼拝の説教のご用の後、
午後は「伝道懇談会」
夕方5時から8時まで、ユースの集いで
一緒に食事をしてメッセージ。
24日月曜日は、認定こども園のお母さんたちに
「親子関係講座」(いわゆる親業ですね。)
その後は、希望者に個別のカウンセリング。
予定が全部終わったのは4時ごろかな。
そこから東京に帰るのもちょっときついので、
もう1泊して火曜日に帰りました。
・・・で。言いたいことは、福井、初めて行きましたけど、
ほんと、良いところでした!!!
お米が美味しい。人が優しい、あったかい。
月曜日の夕方に、わたしのためにわざわざ
教会の方が車で迎えに来てくださって、
市内観光をしてくださったんですね。
福井市ってほんと、歴史の町なんだということがよーくわかりました。
福井市は、戦争の時の空襲で一度何もなくなって、
その3年後に大地震でもう一度何もなくなったのだそうです。
お城の石垣と堀だけ残った。
そして、今はその石垣の上に、県庁と消防署がのっかってる!
福井駅のすぐ近くに、柴田勝家の「北の庄」の跡地が
神社になって残っていたりして、
歴史にあまり詳しくないわたしでも「びっくり」が
たくさんありました。
せっかく福井まで来たので、火曜日の午前中に
東尋坊に行ってみようと思っていたのです。
何をかくそう、わたくし、ちょっと鉄ちゃんでして、
ローカル線に乗るのが大好き。
「えちぜん鉄道」に乗って三国湊からバスに乗って、
のんびりと行きました。
そして何をかくそう、わたくし、ちょっと地質マニア。
柱状節理だの板状節理が大・大・大好き。
遊覧船に乗ってウットリ眺めてまいりました。
本音を言うと、地質マニアとしては、
恐竜王国福井まで来たのだから、勝山まで行きたかったのですが、
まあそれは後のお楽しみとして。
やっぱり一番楽しかったのは、如鷲教会の皆さんと
親しくお話できたことでしょうか。
教会がなかったら、キリスト教がなかったら、
たぶん一生出会うことのない人と仲良くなれる、
これが本当に感謝なことです。
それで言えば、小松川教会の皆さんだってそうなんですけれども。♡
澤田直子

牧師の連休

世間様は10連休ということですが。
キリスト教会は日曜日を中心に「曜日」で動きますので、
あまり関係ありません。
でも附属保育園は9連休。
先生たち、ゆっくり休んでね。リフレッシュしてね!
そして元気に帰って来てね!!!
・・・というのは、ゴールデンウィークの後は
せっかく保育園の生活に慣れてきた子どもたちが、
「振り出しに戻る」状態となり、ま~た泣くんですねえ。はい。
それはさておき、牧師は普通、月曜日がお休みです。
(で、そこに研修だの委員会だの入って来る来る)
火曜日からは、平日の集会の準備と、次の日曜日の準備です。
どの教会でも水曜日か木曜日に「祈祷会」をしますので、
これが週半ばの小さな山場となります。
それが終わったら、あとは日曜日に向けて、説教準備。
・・・の合間に、訪問やお見舞い、教区や教派のご用で出かけたり。
・・・の合間に、レジュメ作りアジェンダ作り、
・・・の合間に、買い物やご飯の用意。
牧師って、日曜日しか働かなくていいなあ、と思っている方も
いるかもしれませんが、けっこうブラックだと思います。
一か月休みがなかった、なんて普通ですし、
ひとたび事が起これば、徹夜朝駆けは当たり前。
ですから、夜遅く・朝早くの電話はドキドキしますね。
そして、今回の10連休は、29日と、1・2日にお休みをもらって
お互いの実家に顔を見せに行き、(弟と3年ぶりに会った!)
あとはまあ、いつもの通りかなあ。
昨日はS川急便の方が、「良かった~、人がいてくれた!助かった」と
段ボール箱5つの荷物を置いて行かれました。
どこも誰もいなくて、積んだままぐるぐる回っているんだとか。
そんなことがあると、「ああ、大変な仕事の人ってたくさんいるんだなあ」と思います。
お仕事の方は、ケガや事故なく、お仕事できますように。
お休みの方は、しっかりゆっくりお休みできますように。
澤田直子