見えない敵。

3月もそろそろ終わりですね。
今、何しろ、新型コロナウイルスですよ!
緊急でない集会の自粛。
小松川教会は、主日礼拝の出席者が100名に届くかどうか。
ビミョーな数字です。
が、消毒・手洗い・換気に気を付けて、礼拝は中止しない方向です。
委員会やその他の集会は短時間にしたり、メール開催で行います。
附属保育園では、卒園式・入園式をどうしましょう、という頭の痛い問題が。
白百合保育園では、全員で送り出し全員で迎える、という、わたしも大好きな式だったのですが、やはり安全を考えて、年長組とその親と先生方の出席の卒園式になりました。
思い起こせば9年前、栃木県にいたわたしたちは、あの東北大震災で、教会の壁が崩れ落ちるという大変な中を通りました。
でも、壁が落ちたことよりも、ガソリンがなかったことよりも、一番心が痛かったのは放射能の問題。
風の向きで、県北にはホットスポットがあったし、幼稚園の庭の土は大丈夫なのか、心配し始めるときりがありませんでした。
結果的には、放射能の汚染を恐れて、三家族くらいが引っ越したと記憶しています。
「見えない敵」の方がずっと怖い。
信仰の問題でも心の問題でも同じだなあ、と思います。
イエス様は、「敵のために祝福を祈りなさい」と言われました。
まさか新型コロナウイルスの祝福を祈りはしませんが、なぜ、このウイルスが人間の中に入り込んで来たのかを
考えると、ウイルスだ=悪だ=やっつけろ!的な、簡単な話ではないような気がします。
そして、いつ自分が保菌者になるかもわからないし、誰からうつるか、誰にうつしてしまうかもわからないって、何だか自分の罪の問題と同じだよなあ、とため息が出ます。
「祈る」ことを知っているのが、本当に恵みです。
どんな進み方をするにしろ、心は高くあげようね!
澤田直子