冷夏・25年前

梅雨が明けませんね。
わたしが覚えている限り、こんなに涼しい夏は
わたしの生涯で3回目。
と、いうことは、20年に1回くらいは冷夏が来るのか?
1回目は45年くらい?前で、たぶん小学生高学年か、中学生か、
とにかく梅雨明けが遅くて、夏休みに入っても涼しかった。
よく覚えているのが、その年の9月1日に台風が来て、
その日からまた涼しくなってしまったこと。
2回目は忘れもしない1993年。
次男を妊娠中で、切迫早産で緊急入院しました。
当時住んでいた町でも1、2をあらそうような大きな病院でしたが、
寒い夏のせいか、入院している人が多くて、
ベッドの空きがなかった。
廊下で一晩すごし、次の日に、「会議室」を空けてもらって
そこに入院しました。
あの年は、早産で未熟児で生まれた子どもが多かったそうです。
それから、お米が取れなくて、外米を輸入しましたね。
国産米と外米と抱き合わせでないと買えないので、
「日本のお米でないと食べられない」という方々から、
ずいぶん外米をいただきました。
ちょっと工夫すれば美味しく食べられるのになあ、と
せっせとピラフやパエリャを作った覚えがあります。
カレーにもよく合いましたよ。
どうにもならないなあ、と思ったのはおにぎりくらいで、
日本のおかずと合わせてもそんなに変ではなかったような。
さいわい、うちの男衆は食べ物にこだわりがなく、
夫も長男も美味しいと食べてくれましたので、
食費がずいぶん助かりました。
明らかな異常気象ですね。
何だか、地球が人類を減らそうとしているみたいに感じます。
自然の力の前に、無力だなあ、と思います。
でも、よく考えてみると、そもそもわたしは無力なんです。
病気の人に対しても、家族をなくして悲しむ人に対しても、
受験に挑む人にも、困難な仕事に挑戦する人にも、
何ができるわけじゃない。祈るだけです。
保育園で、小さな子どもが泣いていても、
せいぜい抱っこするとか、背中をなぜるくらいが精いっぱい。
思えば26年前の夏も、結局2か月近く早産してしまい、
ただ祈ることしかできなかった。(それさえあやしかった)
さてさて、今年はお米はできるのでしょうか。
農家の方々は気が気ではないでしょうね。
宮沢賢治の「サムサノナツハオロオロアルキ・・・」を思います。
澤田直子